2004年05月13日
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戦え! 錆びるマン!!

Written By: 遠野秋彦連絡先

 惑星アイアンには、鉄の身体を持つアイアン族が暮らしていました。

 当初、アイアン族は植物を採取したり、鉄の身体を持つ動物たちを狩って生活していました。

 しかし、畑で植物を育てたり、動物を飼うという技術を確立したことで、アイアン族は急速に発展しました。

 アイアン族は、小さな部族が争い、吸収合併によって徐々に大きな国家を形成していきました。

 そして、圧倒的に強大な1つの帝国、大アイアン帝国が成立したのです。もちろん、全てのアイアン族が帝国を歓迎したわけではありませんが、帝国の強大な力に逆らっても無意味であるため、大きな戦争が起こることは無くなりました。戦争で資源が浪費されなくなったため、社会全体としての豊かさは、著しく底上げされました。

 そんな豊かさを背景に、画期的な技術が開発されました。それは、機械仕掛けの人工の身体、機械人です、

 帝国は、さっそくその技術を採用しました。帝国に絶対忠誠を誓う忠実な兵士達として。

 やがて、税収不足に悩む帝国は、多くの官吏を機械人に置き換え、コスト削減を行うようになりました。

 そのことは、帝国に思わぬ問題を発生させました。

 税金を徴収するために機械人の官吏が出向いても、戻ってこない事件が多発したのです。それは、機械人というメカニズムの信頼性の低さでした。

 しかし、それを差し引いても、コスト削減効果は大きいため、帝国は機械人官吏を使い続けました。

 すると、帝国の人民の間に、ちょっとした不満が渦巻くようになりました。

 運良く機械人官吏が故障したら、彼が徴収するはずだった税金は徴収されず、それを払うはずだった国民はウハウハです。

 こんな不公平なことがあって良いものか、と思った一部の人達は、意識的に機械人官吏を壊してしまうという事態を引き起こしました。

 それはしばしば成功しました。

 しかし、そのような行為が横行していると知った帝国は、すぐに官吏壊しを行った者達を捕らえ、牢屋に放り込みました。

 帝国は、これによって事態を終息させたいと考えていました。帝国の怖い軍隊が逮捕に行くと思えば、機械人官吏を壊すような行為は控えられるだろうと予想していたのです。

 その予測は誤りでした。

 確かに、一人の国民として帝国の軍隊に立ち向かうなど、とても可能なことではありません。しかし、民衆には、大きな不満がくすぶっていました。どうにかして、税金を払わないで済ませたい、と激しく願っていました。

 その願いを叶えるために、アイアン・コーという若くて優秀な機械人技術者が立ち上がりました。彼は、機械人の技術使い、誰でも帝国の機械人と戦える強化スーツ、Super Advanced Battle Innovative Revolutionary Unit、通称SABIRUを開発しました。これを装着したアイアン族は、SABIRU-MANと呼ばれるようになりました。

 SABIRU-MANは完全に身体を覆い隠すため、中に誰が入っているか分かりません。しかも、どのSABIRU-MANも外見は全く同じなので、区別が付きません。そして、コンパクトに偽装して収納できるので、SABIRUを持っていることを秘密にしておくことも容易でした。

 そして、隣近所でSABIRU-MANのグループを作り、グループ単位で機械人官吏を破壊することが行われるようになりました。税を徴収される本人だけは自宅で待機してアリバイを作ります。本人が壊しに行けば、すぐに犯人が突き止められてしまいますが、誰だか分からないSABIRU-MANの集団に襲われたとなれば、犯人が誰かとても分かりにくくなります。

 さっそく帝国は、SABIRUを開発したアイアン・コーを捕らえました。彼の動きを止めれば、SABIRUの流通も止まると思ったためです。しかし、それは間違いでした。SABIRUの設計図は広範囲に散らばっており、ちょっとした機械人工房ならどこでも制作可能だったのです。

 帝国は必死にSABIRUの設計図を押収し、製造を行った工房を潰して行きましたが、多数のSABIRUが流通し続けました。

 また、帝国はSABIRUを使うと身体に悪い、という説を流布させようとしました。しかし、これは根拠が乏しく、大々的にキャンペーンを張ったにもかかわらず、失笑を買っただけでした。

 やむを得ず、帝国は機械人兵を軍隊から引き抜き、機械人官吏に同行させることを始めました。本当は、機械人に頼らないで徴税を行いたかったのですが、それだけの予算は帝国に残されていなかったのです。

 しかし、機械人兵士を付けても、より大人数のSABIRU-MANが徒党を組んで襲ってくれば、対抗しきれるものではありませんでした。

 まさに、SABIRUのために、帝国は危機的状況に陥りつつありました。

 そんなとき、アイアン族や鉄の身体を持つ家畜が、錆で朽ち果てていくという奇怪な事件が報告されるようになりました。死んだアイアン族や家畜も出ている他、もはや取り返しのつかないほどに錆が進行している者達も、かなりの数に達していることが分かりました。

 帝国科学局は、この謎の解明に取り組みました。

 その結果として、驚くべき事実が分かりました。

 SABIRU-MANが活動すると、その副作用として酸化物質が生成され、それが錆の原因となっていたのです。

 これは、たまに来る官吏を壊す程度の使い方であれば、何ら問題にならない量でした。しかし、大人数のSABIRU-MANが、より多くの機械人兵士達と繰り返し戦えば、けして無視できない量になります。酸化物質は周囲に散らばり、アイアン族や鉄の身体を持つ家畜の身体は徐々に錆ていきました。また、SABIRUを装着したアイアン族自身も、ただでは済みませんでした。日常的にSABIRUを装着していると、身体が急速に錆びていくのでした。

 これは大変に危険なものである。

 帝国科学局は、そのように結論し、帝国政府に報告しました。

 帝国政府も、これは税収が減るといった問題よりも、遥かに重い問題であると受け止め、即刻SABIRU使用中止を勧告しました。

 しかし、民衆はそれを信じませんでした。彼らは、中止勧告を、税収欲しさにでっちあげた嘘だと見なしました。

 帝国はやむなく、牢屋の中のSABIRU開発者、アイアン・コーの力に頼ることにしました。民衆の英雄、アイアン・コーの言葉であれば、耳を傾けると考えたためです。

 アイアン・コーは、事情の説明を聞くと顔を青くして、自分の作ったSABIRUの欠陥だと認めました。彼自身は、投獄されてなお帝国のやり方を認めていませんでしたが、この問題はそれよりも遥かに重要だと確信しました。そのため、彼は帝国の依頼を承諾し、SABIRU使用の即刻中止を民衆に訴えかけました。

 民衆のヒーロー、アイアン・コーが言うのだから、きっとみんなSABIRUを捨てるだろう。そう思った帝国重臣達の思惑は、あっけなく打ち砕かれました。

 アイアン・コーは、民衆から見て、すでに過去の人でした。そして、帝国と同じ主張を行うアイアン・コーを、牢獄の中で転向した裏切り者と見なしたのです。

 帝国は最後の手段を発動しました。

 全軍の出動です。

 その意図はこうでした。

 SABIRUは隠しやすいため、所持していても、それを摘発することは困難です。

 それなら、SABIRU-MANとして出てきたところを捕まえてSABIRUを破壊するしかない、と考えたのです。

 そして、大多数のSABIRUを一気に破壊するには、それだけの数のSABIRUを出さねばならない状況を作る必要があります。

 つまり、それが全軍の出動という選択でした。

 帝国科学局は、それほど多くのSABIRUが同時に活動すると、酸化物質の濃度が高くなりすぎて危険だと警告しました。

 しかし、他の選択の余地がないと判断した帝国は全軍出動を命令しました。

 そして、これを契機に発生した内戦が終わる頃、帝国の総人口は最盛期の半分にまで落ちていました。戦場から発生した多量の酸化物質のためです。その1年後には既に帝国という組織は存在していませんでした。帝国の組織を維持できるだけの人数がもはや残っていなかったのです。

 その結果、帝国から徴税人が来なくなった代わりに、各地の有力者が腕っ節の強いゴロツキを雇い、税と称して取り立てるようになりました。彼らには法律はなく、好き放題に、奪い、犯し、そして気分次第で暴力をふるいました。

 そんな過酷な現実に直面した人々は、「帝国の方がはるかにマシだった」と思いながら、しまい込まれたSABIRUのことを思い出しました。しかし、SABIRUを身に付けていると錆びて死ぬ、という恐怖感は、今や誰もが身に染みて持っている常識でした。

 そして、彼らはいつもSABIRU開発者、アイアン・コーの名前を呪うのでした。

 あいつが、こんなものさえ発明しなければ……。

おわり

(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)

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